| 4、抗がん剤治療(ネダプラチン・イリノテカン併用療法3クール) | |
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2005年1月〜5月 1クール目 ネダプラチン・イリノテカン併用療法の1クール目(BEP療法から数えると5クール目)は、手術の傷と体力の回復を待って1月27日に点滴を開始しました。今回のネダプラチン・イリノテカン併用療法では、副作用として強い下痢の症状が出ることが多いらしく事前に漢方等の整腸剤を処方されました。BEP療法と違い抗がん剤の点滴は1日だけで、8時に始まり22時に終了します。1日目は18時の夕食時まで元気で、夕食も残さず食べたのですが、その後急激にしんどくなりました。吐き気がひどく、夕食も戻してしまいました。1時間に1度くらいのペースで嘔吐を繰り返し、起き上がろうとすると必ず嘔吐するような状況でした。また、嘔吐をした後に腹痛に襲われました。嘔吐をした直後はかなり痛み、看護婦さんが暖かいタオルを持ってきて下さって、それをお腹にあてると少しましになりました。腹痛は最初に嘔吐した後が一番きつく、次第にましになっていきました。この日のしんどさはもかなり辛く、母親もBEP療法の時よりも明らかにきつそうだと感じたと言っていました。 2日目も引き続き辛かったです。腹痛はましになったけれども、これまで以上のしんどさです。吐き気が強く嘔吐の回数が増えました。また、言葉にして表現するのが難しいのですが頭が気持ち悪かったり、全身が麻痺しているような感覚がありました。BEP療法の時も全身が重く、頭も重いと感じるような症状はありましたが、それとはまた違った感覚で今回の方が辛かったです。ふと、サリン等の毒ガスによる症状はこれをきつくしたようなものではないだろうかと思いました。自分で決断して治療に臨んでなければ、逃げ出していたかもしれないと思うほど辛かったです。4日目から3日間、体力の回復を期待してステロイド剤が点滴されました。その効果が出たのか、5日目にはなんとかうどんが食べられました。非常にしんどい治療でしたが、BEP療法のように点滴が5日間続くわけではないので、その点は気が楽でした。 10日目の採血で白血球が2700、極端に低い値ではなかったのですがこれから下がってくるだろうということで、家族以外の面会が禁止になりました。また、私はずっと二人部屋に入っていたのですが、同室の人に部屋をかわってもらい個室状態になりました。白血球より先に下がったのが血小板で14日目に24000まで下がり、血小板の輸血をしました。この頃から下痢がひどくなってきて頻繁にトイレに駆け込むようになりました。この日はサッカーの北朝鮮戦で大黒のロスタイム弾に興奮した後、寒気がするので暖房をつけて寝たところ2時頃に熱で目が覚め体温計で計ると39度3分、看護婦さんを呼んで座薬をもらいました。明け方には座薬が効いて一旦熱は下がったのですが、また夕方には38度近くまで上がりました。食欲は無くほとんど食べられませんでした。 17日目に血小板が24000まで低下、再び血小板輸血。今度は熱は出なかったが、18日目に白血球が1500まで低下して白血球を上げる注射をしました。骨髄抑制がかなりきつく、今までなら体力が回復してきて元気になってくる時期に今回はかなり苦労することになりました。20日目、血小板が24000で血小板輸血、また熱が出ました。21日目に白血球が1300、個室状態が強化されて看護婦さんも家族も部屋に入る時は、マスクをして消毒された服を上から着て菌が病室内に入らないような処置がされました。私は病室から一歩も出られなくなりました。22日目、白血球が1000、血小板が28000で血小板輸血。熱が常に出ており座薬を使うと一時的に下がるという様な状態でした。座薬は6時間ごとにしか使えず、熱が下がっているのは2時間くらいなのでうまく食事の時に下がっているようにコントロールして少しずつ食事を摂りました。23日目、白血球が800。熱が39度まで上がり、吐き気も出てきた。いっこうにおさまらない骨髄抑制や体調の悪さ、病室に缶詰めになったような状況にかなりストレスが溜まってきたが、それでも抗がん剤の点滴中よりはましだと思うと気が楽になりました。変なところで忍耐力がついてきました。 24日目、白血球は800のままでクリーンルームが空くというのでそちらに移ることになりました。クリーンルームというのは、空気を浄化するような装置のついた部屋で、白血病などの治療の際に使われるということです。患者がその中で生活できるようにトイレもシャワーも冷蔵庫も備え付けられており、水も無菌化されたものでした。食事も制限されて、あまりおいしくないものばかり出てきますし、吐き気で食欲の無い私にはほとんど食べられませんでした。しかし、クリーンルームに入って状況は好転し始めました。25日目に白血球が1800に回復。熱も下がりました。クリーンルームは空気清浄機以外はちょっとしたホテルのような設備で、テレビも他の病室より大きく、そういったことを楽しむ余裕が出てきました。26日目には白血球が2800まで回復、注射をしてこの値ですのでまだ低いのですが危険な域は脱して元の部屋に戻りました。食事制限も無くなりうどんを食べたのがおいしかったです。29日目、白血球は5200まで順調に回復して面会制限もなくなりました。 31日目に久しぶりの外泊が許されました。今までで一番長く病院に入りっ放しでいろいろあったのでストレスがたまってるだろうと先生が気を遣ってくださったのと、骨髄を回復させたいのとで5日間という長い外泊になりました。やはり、かなり体力が落ちていて家でのんびりしていても翌日筋肉痛になるくらいだったのですが、外出3日目には友人と食事をした後ボーリングに行ってしまいました。球が重くてスコアも散々だったのですがとても楽しかったです。怪我でもしたら大変だったのでしょうけれども、あまり神経質にならずにどんどんそういったことをしていしまう私の性格は長い治療でストレスを溜め込まないのには良かったようです。治療中はどうしてもストレスは出てくるので、それを溜め込まないことが大事だと思います。 2クール目 2クール目は3月3日に開始になりました。1クール目が1月27日に開始だったのでかなり間が開きました。2クール目は先生との相談の結果、1クール目と同じ薬の量ではさらに骨髄抑制が出てしまい危険であるので薬を減らすことになりました。あまり減らしすぎると効果が無くなってやる意味が無いですし、かと言って減らす量が少ないと副作用があまりかわらないので、減らす量を決めるのは難しい判断だったようですが前回の8割の量でやるということになりました。 1日目、前回の教訓から夕食時までは元気でしたが、夕食は食べませんでした。予想通り20時過ぎより嘔吐が激しくなって、腹痛もありました。2日目は嘔吐の回数は前回とあまり変わりませんでしたが、気分的にはかなりましでした。全身が麻痺するような感覚はあまりありませんでしたし、頭の気持ち悪さもましでした。2割減とはいえ前回のしんどさを覚悟していたのでかなり楽に感じました。2日目からステロイド剤を3日間点滴し、順調に回復。4日目から少しずつ食事も食べられるようになりました。 2クール目は薬の量が2割減であり、白血球を上げる注射も早めにしたこともあって前回のようなことはありませんでした。白血球は注射ですぐに上がりましたし、血小板も輸血が必要な値まで下がりませんでした。そのため、採血のあいまに外泊を繰り返してかなり楽しみました。無理だと思っていた学校の卒業式と謝恩回(私は卒業できず途中退校となりましたが)や大学の後輩の卒業式、映画も見に行きました。充電十分で病院に戻ってきて次の最後の治療に備えました。 3クール目 しかし、骨髄がかなり弱っていたらしくはじめようと思っていた3クール目がなかなか始められませんでした。3月29日開始予定が28日の採血で白血球が3000、1日延期になりました。そこからじわじわと下がり始め、点滴を開始しようとするが白血球がさがっているので始められない。というような状況が続きました。一度延期が決まると、1日外泊して帰ってくるというサイクルで、延期のたびに外出するので花見に行ったりまたまた楽しみました。常に自分らしく行動的にしていることが治療への不安を和らげる一番の方法だったのだと思います。結局、白血球は2200まで下がった後、徐々に回復し始めました。4月9日、これ以上延ばしたくなかったので2900まで回復したところで少し低いですが点滴をしました。 薬の量をどうするかは今回も問題になりました。先生も私も出来れば9割で最後の1回頑張って、再発の可能性を少しでも低くしたかったところですが、やはり白血球も低い値でここまで来て無理をすることもできないので8割でいくことになりました。1日目、2日目はだいたい前回と同じようなものでした。頻繁に嘔吐はするが気分的には楽です。その後の回復は前回よりも早いくらいで4日目には食事もある程度食べられました。ただ睡眠が不規則で夜に寝付けなかったりすると、次の日が非常に辛かったです。体力が無くなっているせいか、少し睡眠時間が短くなると健康な時に徹夜をしたくらいに頭が痛かったり体が重かったりします。入院されている方は睡眠で悩まれる方が多いのですが、私の場合それまでは良く寝れていたので、急に寝付けなくなったような感じでした。 白血球は今回もノイトロジンを早くから注射したために、注射をすれば上がるがやめれば下がるという繰り返しで少しずつ下がってきました。血小板は14日目に30000まで下がり、血小板輸血をしたのですが、ここで問題が起こりました。輸血を始めてから間もなく全身が痒くなってきて、その後じんましんが出始めたのです。最初はポツポツと出ていたじんましんがみるみるうちに増えていき、大きくなってつながり、足から頭にいたるまでじんましんだらけになってしまいました。とにかく痒くてたまらず、気が変になりそうでした。今思い出すだけでも痒くなってきそうなくらいです。皮膚科の先生に診断してもらい、ステロイド剤の点滴を2本おこなって治まりました。治まる時は不思議なくらいスーッと消えていきました。血小板の輸血時にはたまに起こる症状らしいのですが、今までは少し痒かったりしたことはあったのですがほとんど大丈夫だったのでびっくりしました。看護婦さんの驚き方から見てもかなりきつい方のようでした。 退院 18日目に血小板が再び26000に下がり、輸血が必要になりましたが今度はあらかじめステロイド剤を点滴してから輸血をしたのでほとんどじんましんは出ませんでした。その後は血小板は徐々に回復。白血球が注射で上がったり下がったりでなかなか回復しなかったのですが、31日目の5月9日、白血球以外の値が順調に回復しているということで退院することになりました。9月16日の入院から数えて236日間、約8ヶ月。本当に長かったけれどもついにこの日が来たかという思いでした。看護婦さんたちも本当に喜んでくださいましたし、何より両親が喜んでくれて頑張ってよかったと思いました。また、本当に多くの人に支えられての入院生活で感謝の言葉を伝えなければならない人が数多くありました。電話やメールも使って出来る限りお世話になった人にお礼を言いました。みんなが喜んでくださり、感激しました。そして、私が入院して一番苦労をかけた母親には25年間で初めて母の日のプレゼントにバックを買いました。これからは、しばらく白血球の回復を確認するのに通院した後、1ヶ月に一回の血液検査と3ヶ月に一回のCTで経過観察をしていきます、再発の可能性はありますが、とにかくこれからの人生を精一杯、情熱を持って生きていきます。この体験記はそのための第一歩です。長い文章を読んでいただいてありがとうございました。へたな文章ですがこんなものでも誰かのお役に立てれば幸いです。 |
2005年5月20日 |
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